完徹するなら桃鉄しよう

先週、仕事のこと。

我が課には、人の時間を無為に奪って平気な顔をする人が居る。

その人はしばしば、趣旨が分かりづらく自分なりに欲しい答えが決まっている質問を他人にし、手を尽くして応答しても納得はせず、自論を展開し出す。
そのせいでこちらが時間を取られて残業することになっても、本人は定時に帰る。
よく、他人の当事者意識を育てるような立場からの発言をするが、その人当人が当事者意識を発揮する場面はいつまで経ってもやって来ない。
すべてが他人事である割に、頭でっかちな議論や質問を周りに強いて、自己満足は高めようとする。

そんな人から先週質問を受けた。

正直、そんなことにかまけていたくないくらい業務が立て込んでいた「そんなこと」扱いの案件だった。

しかも、通常、もっと前からその案件にその人が関心を持って動向を注視しようとする姿勢があれば、年度明けの今更出て来ようもない質問だった。そのくせに、こちらに非があると思わせる質問の仕方だった。

これまで、本来その案件は当然把握しているだろうと期待される立ち位置だったにも関わらず、我関せずで無関心で知ろうともしなかったのが、突然ほかから質問を受けて答えられなくて、あたかもワタシの業務の遺漏かのように、現状どうなってるのかと聞いてきたのだ。アナタはどの立場からモノを言っているのですか?と問い返したいレベル。
中間管理職ではなく、実働部隊の人なのに、どうしてこう当事者意識を欠いた仕事を出来るのか。そういう人間が居ることはほとんど理解しがたい。そうしてそのせいで、ワタシが作る義理の無い資料を作ることになった。
まったくもって、余計な仕事であった。


同じ日に、オーバー60のオジサンからもこまっけえことで質問責めに遭った。

この人は、ロングバケーション人間のピンチヒッターとして去年の12月からお願いしているアルバイト的な人である。

メモを取る習慣が無く何度も同じことを訊く人のため、やるべきことをワタシが全部文字に起こして、紙に印刷して渡したのに、なお同じこと3回以上訊かれると、さすがに一言申さないといけない。
少し前までは「脳の若い人と同じようには考えられないが、ひょうひょうとしてて、ワタシも軽口叩けるからまあ良いか」と思ってたけど、丸4か月を経てまだひと月目と同じことを質問されるのは、考えものかも知れない。
まったく異業種からだと土台が違い過ぎて吸収が難しいのか…。
それにしても「自分で思い出したり資料のどこに書いてあるか探したりするより(ワタシに)訊いた方が手っ取り早いから」と軽い気持ちで訊いている印象しかないため問題である。安直な姿勢を恥じろ!
翌日ちゃんと伝えたけど。

しかしほかの部分でも不安がある。
悲しいことだけど、人によっては本当に、60を超えると新しいことを覚えたり、脳内で体系的に情報を整理したり、そういうことが急激に難しくなるのかもしれない。
少しだけ頭を使うけれど大部分が定型的な単純作業をオーバー60のアルバイト的オジサンにお願いしているが、最近その作業がかなり滞っていることが発覚した。頼むぜ。いや頼めないんだな。人が少なすぎるからせめてそこはやってほしいんだけど、できないみたい。
年配の人に対する差別意識があるわけじゃないけど、加齢の悲しさ恐ろしさを感じた。


その人たちに対してむかつき過ぎて、目が冴えて全然眠れなくて、布団から起き出して結局「ワタシが作る義理の無い資料」を仕上げて、それでも眠れないから朝まで起きたままにして、通勤・昼休み・退勤は寝て1日割とふつうに過ごしたのが先週の出来事。


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